里山と牛研究会活動の志
2009.5.10 更新
里山と牛研究会は、市民と地域住民と農業関係者が協力して、里山を牛の放牧で管理しながら環境と景観、そして生態系を守り、農業や地域の活性化を支援します。また、放牧を支援しながら自然と人の関係を学び、人と人のつながりを拡げていきたいと思います。牛を飼うために草をつくるのではなく、牛乳や牛肉を生産するために牛を飼うのでもありません。里山を管理するために牛を飼い、牛を飼えば里山から牛乳が流れてき、「きのこ採り」のように「子採り」ができるのです。
日本は雑草大国だから里山を放置すると草ぼうぼうに荒れてきます。背の高い草や灌木が生い茂ると陽の当たらない短い草は成長が遅れ、やがて絶滅していきます。農業は雑草との闘いでした。里山の環境、景観、生物多様性は、農家が草刈りをし、薪などの里山の資源を利用し、山から海までの水の流れを遮断することなく、汚染することなく利用するなど、生活のために作り出し守ってきた日本の文化なのです。その世界に誇れる里山が農業の衰退とともに荒廃しています。農家の力だけでは里山は守れなくなってきました。牛の力を借りて放牧で里山を維持管理して、これまでの水田稲作中心の農耕から、ヨーロッパ型の農耕牧畜を取り入れた新しい日本農業を創出する時代が、すぐそこまで来ているのです。
里山を管理するためには、放牧する牛と牛を放牧する人が必要です。放牧には牛も人もそこの土地のことをよく学ばねばなりません。放牧しながら、そこの土地で放牧できる牛と人に育っていかねばなりません。里山と牛研究会は放牧する牛と牛を放牧する人を支援します。まず、放牧のための繁殖用子牛の貸出しを支援します。そして牛と人が放牧を学びながら育っていくのを支援し、支援しながら自然と人の関係を感じて学んでいくことができます。子牛が生まれたら、農家の収入にしていただきます。子牛市場が確立していない場合は子牛を買い取る方法を支援したいと思います。牛乳を搾ったら牛乳も収入にしていただきます。そして何回か子牛を産み育てて、母牛としての務めを終えると、その母牛を里山と牛研究会で引き取ります。放牧した健康な牛を今の市場に出荷すると安く買いたたかれますので、それを研究会の会員の皆様に買い支えていただくことで、牛の放牧を循環的に維持することができます。また、牛の放牧で農家の仲間入りを志す方の研修や新規参入を支援することで、借金なしの農業への参入を実現していきたいと思います。牛の放牧により耕作放棄地の利用が促され、放牧風景に集まる住民や市民がつながり、交流の場、保養の場、学習の場が生まれ、取引の関係ではなく共働と共創による新しいビジネスモデルも構築できるでしょう。このように放牧する牛と人の支援を通じて、農業と地域社会の活性化に貢献していきたいと思います。
本来、我々は自然とも他者とも一つの世界に生きていました。我々を自然から引き裂く「自然」という言葉も必要としませんでした。今、自然と人、人と人の関係がズタズタに引き裂かれようとしていても、競争なくして進歩なしと競争をあおり、「自己責任」を強調して人の命を守る共同体の責任を放棄しようとしています。自然や生活を守ることが国や会社の責任なのに、経済成長や利益の追求が優先されています。資源を略奪する工業が優先され、太陽エネルギーを循環的に活用する農・牧・林業が軽視されてきました。しかし、物質が循環することで自然も人も生きています。物質が循環し、人が交流し、貨幣が隅々まで公正に循環することで、世界から貧困をなくし、農村も活性化することができるのです。里山と牛研究会は「農業は自然と人を結ぶ仕事であり、農業は生活である」ことを原点に考えたいと思います。部分で生きるしかない我々が、それぞれの見方で他者を否定するのではなく、原点を大切にしながらハイブリッド(異なるものをつなぐことで補完し活力を生む)につないで、つながっていきたいと思います。
「我思う、故に我あり」という自己中心的な物の見かたの殻を脱皮し、「我感じる、故に我あり」と自然を感じることができるようになれば、人間が動物や植物と一体であることも実感できるでしょう。そして、「君あり、故に我あり」と自然の一員として、生物の一員として、そして社会の一員として、共にあることで我も生きていることを多くの方が認識するパラダイム転換により、強者による地球支配を終息させ、強者によるあるいは強者をめざした競争や戦争の呪縛から解放されれば、人も農業も地域社会も疲弊から抜け出すことができるでしょう。
あなたの手放せない場所はどこ? 2009.2.26 更新
鶴見俊輔と小田実の対談「手放せない記憶」
は一度読まれると良い。
いつも逃げまどう立場に立つ絶対多数の我々にとって「手放せない本」だ。
大空襲の爆弾の下を大阪で逃げまどった記憶が、
小田実にとっては手放せない生きる場所となった。
そしてその場所に井戸を掘り、自分の釣瓶で枯れない水を汲み続ける生涯を送った。
一方、鶴見俊輔は4代続いた政治家の家に生まれ、
5歳の時に知った張作霖爆殺で「日本人て、悪いやつだな」と思い、
「日本の戦争はよくないことだ」という手放せない記憶が、彼の井戸となった。
そして多感な思春期にアメリカで過ごし、日本の敗戦を信じて疑わなかった彼は、
愛国心からではなく自称悪人の義侠心から、
負けるときには負ける側に立つ、と深い井戸を掘った。
戦争の記憶のない我々にとって、彼らの「手放せない記憶」は知っておいた方が良い。
空襲で逃げまどう立場と、空からの爆撃を指示する立場とでは見える風景はまるで違うのだから。
東京大空襲をはじめ都市の絨毯爆撃や北爆を指揮したカーチス・ルメイのことも記憶しておこう。
そして、彼に勲一等旭日大綬章を授与することに奔走した防衛庁長官小泉純也が小泉純一郎の父であり、
勲章を授与した首相、佐藤栄作は小泉純一郎の跡を継いだ安倍晋三の祖父岸信介の弟というつながりのあることも知っておいた方が良い。
農家や町民、サラリーマンを逃げまどう立場に追いやる政治、経済を指揮するものは、カーチス・ルメイと同じ風景を見て、叙勲になんら疑問も精神的苦痛も負わなかったのであろうか。
あなたの手放せない場所はどこ?
「社会における個人の自由」に貢献した作家に送られる「エルサレム賞」を受賞した村上春樹は次のような受賞スピーチをしている。
「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ。」
その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?
私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。
私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。
私も卵側に立ってデザインを描きたい。
私は卵から殻を破って雛が生まれる命の営みを大切にしたい。自らの殻を破れなくて死んでいく雛は可哀そうだけど、他者とつながる希望を失い、自らを孤独に追い詰めるのは他者という殻だと妄想し、他者を殺すことで殻を破る絶望は残酷すぎる。
逃げまどわなくて良い場所、勝ち負けのない場所、それが絶対多数の我々が手放せない場所。
そこで井戸を掘り、それぞれの釣瓶で、いつまでも枯れない水を汲み続けたい。
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