口蹄疫の惨事を2度と繰り返さないために

2010.10.4



1. 口蹄疫という鬼
 宮崎に口蹄疫という鬼が出た。ウイルスが鬼なのではない。口蹄疫の正体を知らない「専門家」が口蹄疫を鬼にしたのである。日本では10年前に92年ぶりにその鬼が出たが、殺して安心して鬼の正体を知ることはなかった。その1年後の2001年には英国でも発生し、鬼の正体を知らない専門家たちは600万頭(ヒツジ490万頭、牛70万頭、豚40万頭)も殺してやっと終息宣言を出したと言う。この同じ年に、日本ではBSEが侵入し、アメリカではテロリストが侵入して、いずれも大パニックとなったが、これも鬼の正体を知ろうとしなかったことでは同じである。専門という分業が専門馬鹿を増やして、バカの壁を益々高くしているようだ。
 犬馬難鬼魅易、鬼は描きやすいが犬馬は難しい。現場を離れた研究ほど専門家として尊敬される風潮があるので、専門家は鬼を描くことに熱心で現場の牛や豚を知らない。農家や牛や豚を大切にしたい、救いたいという素朴な気持ちを忘れている。気持ちは同じだと反論がありそうなので、「農家や牛や豚を大切にする気持ちを原点にした問題設定を忘れている」と言い直しておこう。
 何ごとも自問自答、問い方で答えも変わる。難問を解くことが優秀だと教育されるが、現実世界に答えはない。答えがない現実世界では何をどう問うかという問題設定こそが命である。自分で問い自分で答える「自問自答」しかない。生理的にはそうなのであるが、他人のように問い他人の答えを自分の答えと勘違いする「他問他答」が世間には溢れている。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。」とかく世間は住みにくいものだが、浮世離れした専門家の描く鬼はもっと困ったものだ。

2.素朴な問題設定
 口蹄疫は初動が大切だとされる。早期発見、早期治療なら早く見つけることが幸せにつながるが、早期発見、早期殺処分、しかも全頭殺処分の地獄が待つ仕組みでは、農家も家畜も救われない。しかも疑似患畜も殺処分と定めた現在の法律では、なんでも疑似患畜にして殺処分されてしまう。この全頭殺処分の仕組みを変えられないか。その素朴な問題設定が口蹄疫を鬼から恐ろしくない病気へと変えてくれる。
 まず、口蹄疫かどうかを現場で検査できる簡易型迅速遺伝子検査法を導入し、この検査で陽性になったものと同居房の家畜を殺処分する。状況によっては隣接房の家畜も殺処分する。そうすれば発見が早ければ早いほど殺処分を少なくできるので、早期発見を競うようになろう。
 口蹄疫が確認された場合には、その地域の周辺を限定して緊急ワクチンを早めに接種して、口蹄疫の拡大を防ぐ。このときワクチン接種の外側に検査区域も設けて口蹄疫汚染が拡大していないか監視する。しかもワクチン接種した家畜を殺処分する必要はない。人のインフルエンザの予防でワクチン接種したら殺処分をするのか?素朴な疑問に答えはある。
 また、口蹄疫は家畜から家畜へと伝染するので、畜房から畜房、畜舎から畜舎、農家から農家へのウイルス伝搬を防ぐことに全力を注げば良い。ウイルスは一人で街をさまよい歩きはしない。

3.口蹄疫清浄国とワクチン
 国際貿易で伝染病を世界に蔓延させないために、「口蹄疫清浄国」を認定するOIE(国際獣疫事務局)の基準がある。この清浄国には「ワクチン接種清浄国」と「ワクチン非接種清浄国」があり、どの国も貿易上有利な「ワクチン非接種清浄国」をめざそうとする。
 南米は口蹄疫ウイルスが常在しているが、予防ワクチンで急速に発生が減少し、ワクチン非接種で清浄国はチリ、ガイアナの2か国、ワクチンの予防接種で清浄国はウルグアイとなっている(2010年8月25日現在)。ウルグアイは1996年に南米で最初のワクチン非接種清浄国と認められ、アルゼンティンも2000年にワクチン非接種清浄国と認められたが、ウルグアイでは2000年、アルゼンティンは2001年に口蹄疫が再発生し、ワクチンの予防接種なしに清浄国を維持するのは困難な状況にある。
 日本のように「ワクチン非接種清浄国」で口蹄疫が発生した場合は、緊急ワクチンを接種するか否かは問題ではない。緊急ワクチンを接種した場合には、ワクチン接種集団の全頭が食用を含めて居なくなるか、ワクチン接種集団に自然感染がいないことを抗体検査で証明すれば、「ワクチン非接種清浄国」に回復できる。どちらが早いか遅いかではなく、どうすれば殺処分を少なくできるかを考えるべきである。

4.OIE基準をキチッと理解しておこう
 香港、マカオへの牛肉輸出は、それぞれ4月30日、5月11日に再開された。香港もマカオも当局が、口蹄疫発生に伴い設定された移動制限区域及び搬出制限区域以外で生産された牛肉の輸入を認めたからである。合理的な判断である。一方、国内にはワクチン接種により貿易障壁が低くなることを心配する向きもあるが、緊急ワクチンは火事場の防火剤である。火事場泥棒ならず火事場押し売りの牛肉を消費者が買うはずがない。しかも鎮火したら「ワクチン非接種清浄国」に戻る国に火事場押し売りをする国もあるはずがない。
 感染源がウイルスの口蹄疫は根絶することは困難なのに、ゼロリスクを求めようと発生地帯は全殺処分された。一方、BSEの感染源は飼料原料なので根絶は可能であるし、根絶しなければならないが、ゼロリスクを求めた全頭検査をナンセンスとし、OIE基準に準拠すべきと主張するものもいた。BSEのことはここでは触れないが、OIE基準は純粋な伝染病防疫の基準ではなく、国際貿易の基準として利用されるので、これが問題設定の原点に持ち出されるときは注意が必要である。

5.口蹄疫対策民間ネット
 宮崎口蹄疫の防疫対策の検証を通して、新しい防疫体制の構築に参加するために民間ネットを立ち上げたい。防疫体制は生産体制と密接に関わっているので、現場の方々にネットに参加していただき、意見交換を通して現場で切実な問題の打開策や法改正等の要望書を作成したい。ネット上でのこの作業は家畜防疫を総合的に推進する一役(翼)を担っていくことになるはずだ。
 私たちは家畜防疫の専門家ではない。しかし、農家と牛や豚を守るにはどうしたら良いかという素朴な問題設定を大切にすれば、専門家も畜産関係者も、行政も政治も考える原点を共有できるはずである。

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