牛の放牧によるイノベーションと
ソーシャルビジネスの提案
2009.6.17-2011.5.18更新
1.牛の放牧によるイノベーション 図1,2(pdfファイル)
イノベーションとは
イノベーション(innovation)とは新しい事(物)を採り入れることであり、刷新、一新、革新、新方式、新制度等の意味があり、日本で使われる技術革新(technical innovation)はイノベーションの一つの要素にすぎません。シュンペーターは「経済発展の理論(1912)」において、「生産をするということは、われわれの利用しうるいろいろな物や力を結合することである」とし、その生産的諸力の新結合(イノベーション,中国語では創新)、すなわち労働や土地のように物質的なものと技術や社会組織のように非物質的なものの新結合の遂行によって経済は発展するとしました。ここで言う「発展」とは経済が時間の矢の方向に流れるその方向を示したのではなく、これまでの日常的な経済の循環が「駅馬車から汽車への変化」のように非連続的に飛躍(発展)して、新しいシステムに移行する機構を示したにすぎません。トーマス・クーンは「科学革命の構造(1962)」で、通常科学の思考の枠組みを転換(パラダイム転換)するような非連続的な発展を革命としています。イノベーションも革命も非連続的な発展であるとする点において思考の構造は良く類似していますが、「発展」がもたらす方向が望ましいかどうかの価値は、市民が判断すべきことです。
なぜ牛の放牧によるイノベーションなのか
牛の放牧は、生産者が牛乳や牛肉の生産のために国内資源を活用して自給率を高め、コストダウンをして経営の安定化を図るという側面では新しい考え方でも方法でもありません。ここであえて「牛の放牧によるイノベーション」としたのは、企業家によるイノベーション(新結合)という経済的側面だけではなく、牛の放牧で自然と人、人と人をつなぐという社会的側面への希望を込めています。私たち一人一人は経済を含めて社会というシステムを作っている当事者ですが、システムを作るという意識が乏しく、傍観者であることが多く、システムを壁と感じ、結果としてシステムに支配されることが多いと思います。自然と人、地域の人と人、農村と都市の人と人を牛の放牧でつないでいくことによって、自然と個人を尊重し、それぞれの考えの違いが何に起因するのかを学び、意見の違いで他者の存在を否定することなく、それぞれの違いを尊重して対等に生きていくことで、活力と信頼が生まれることを実感できる社会を共に創り、経済や社会の閉塞感を打破していきたいと思います。
中国語ではイノベーションを創新としていますが、創るには新しく作る意味が含まれていますので、ここでは市民と共に創る共創という意味をイノベーションに与えたいと思います。すなわち企業家による経済的革新だけでなく、市民による社会的革新をイノベーションの意味に加えたいと思います。牛の放牧によるイノベーションとは、牛の放牧による新しいシステム(社会、経済)の共創のことであり、科学革命になぞらえば少し大げさになるかも知れませんが、新しい社会、経済を共創する意識革命、市民革命の一つの試みとも言えましょう。
牛の放牧は、人が全てを管理するのではなく、牛や草が一生懸命生きていくことを人が手伝う仕事です。これまでの農業や畜産は「人が自然をいかに管理するか」という人間中心的な考え方が主流でしたが、放牧はその流れから脱皮できる仕事である点を重視したいと思います。里山に樹木を残して牛を放牧することで、健康な牛が育ち、草と残された木が土を覆うことで土壌の崩壊やエロージョンを防止し、景観を創造し、食の安全も守ることができます。また、牛の放牧を市民(消費者)が支援することにより、牛が生まれ、成長し、乳を搾り、肉になるまでの命の営みを知ることができるだけでなく、生産から流通、そして消費までの過程をガラス張りにすることもできます。
牧場と市民(消費者)の接点は牛乳や牛肉だけではありません。牛の放牧でつくり出される里山の景観の美しさを知ることは、人々が牧牛と自然との関係を理解する第一歩です。放牧で維持されている里山を楽しみながら、牛が成長し子牛を産む一方で、里山がシバ草地で覆われていく過程を見ていくことによって、自然と牛と人のつながりを実感できるでしょう。
イノベーションとしての「里山と牛研究所」と「えんの会」
牛の放牧で自然と人、人と人をつなぐには、放牧する牧場で自然と人をつなぎ、地域で人と人、または都市で人と人をつなぎ、これを牧場とつなぐ必要があります。牧場の経営として市民と直接つながっている事例はいろいろありますが、牧場とつながりのある人々によって牧場と市民をつなぐ支援組織をつくって活動している例はまだ少ないと思います。
山口県防府市で、山本喜行さんは林業と棚田に和牛繁殖を組み合わせた「ふるさと牧場」を経営し、民の公的牧場をめざしています。この牧場には市民が集う支援組織「こぶしの里牧場交遊会」があり、牧場と市民がつながる「農牧林の楽しい生活」(pdfファイル)を実現しています。ここでは牧牛が農業と林業をつなぐだけでなく、農林業と人をつなぐ役割も果たしています。また、この支援組織では大学や県の関係者が主要メンバーとして活動されていますが、ある大学関係者は、この牧場の棚田に数年放牧した後に稲作復活が可能なことを実地研究で実証されています。このように支援組織は大学や県関係者と個人的な関係でつながっていますので、支援活動は研究活動にもつながります。研究は研究機関や研究者だけの専売特許ではありません。現場の問題は現場の方が一番良く知っていて、人はある意味ですべて研究者でもあります。そこで経済や社会のイノベーションを推進する牧場側の支援組織として「里山と牛研究所(仮称)」を地域に設置することを提案したいと思います。
一方、牧場と市民をつなぐ支援組織として、地域や都市に任意に「えんの会」を作っていただき、その「えんの会」と「里山と牛研究所」をつなぐ方法を提案したいと思います。「えん」の会は、いろいろな縁で結ばれるという「縁」、結ばれる円を大きくしていきたいという「円」、そして十牛図の一円相の「円」、さらには経済の「円」を含ませています。尋牛に始まる十牛図の牛は仏の道であり悟りの道ですが、ある人にとってはお金を求める道かも知れません。これらの「えん」全てを含めて、自然と人、人と人とがつながり、地域を考える会として活動を拡げていただき、その活動の一つとして牧場とつながっていただければと思います。
2.牧牛によるソーシャルビジネスの提案 図3(pdfファイル)
「ふるさと牧場」の山本喜行さんと支援組織の活動は、農牧林で民の公的牧場をめざしているソーシャルビジネスと考えることができます。この事例を参考にして、全国の放牧をしている牧場とつながる「里山と牛研究会」を設立し、これに活動組織として「里山と牛研究所」と「えんの会」がつながり、さらに放牧する牛の生産、肥育、牛肉の流通を担当する「畜産システム研究所」をつなぐことで、牧牛によるソーシャルビジネスの展開が可能ではないかと考えています。
しかし、これは牛の役割を社会に広げていく立場から見た考え方であり、牛は社会の構成要素の一つに過ぎません。「里山と牛研究会」は、これまで通り会費を必要としない活動を続け、会費を必要とする活動は市民の共感を大きくするために、もう少し大きな枠組みで社会を「自然とデザイン」で捉えるような研究会にしていく必要があるでしょう。
参考資料
パラダイムシフト時代の乳肉生産システム
牛が拓く未来 ― 牛の放牧で自然と人、人と人を結ぶ
あなたは世界をどう見ていますか? 君ありて我あり、感性ありて理性あり
図4,5(pdfファイル)
BSE問題とソーシャル・ビジネスの必要性
図6(pdfファイル)
論文集
里山放牧計画 図7(pdfファイル)
星野道夫、「旅をする木、新しい旅」より
人間の気持ちとは可笑しいものですね。
どうしようもなく些細な日常に左右されている一方で、
風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。
人の心は、深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。
きっと、その浅さで、人は生きていけるのでしょう。
星野道夫、「長い旅の途上、はじめての冬」より
同じ場所に立っていても、
さまざまな人間が、それぞれの人生を通して
別の風景を見ているのかもしれない。
星野道夫、「長い旅の途上、悠久の自然」より
人間にとって、きっと二つの大切な自然があるのだろう。
ひとつは、日々の暮らしの中で関わる身近な自然である。
それは道ばたの草花であったり、近くの川の流れであったりする。
そしてもうひとつは、日々の暮らしと関わらない遙か遠い自然である。
そこに行く必要はない。が、そこに在ると思えるだけで
心が豊かになる自然である。
星野道夫、「イニュニック(生命)、ブルーベリーの枝を折ってはいけない」より
カナダヅルの編隊がV字をつくりながら南へ向かう頃、
自然の秩序は生命のプログラムを確実に進め、
極北の森の中にひっそりと生きるムースさえも動かしていく。
−−−−−
生きる者と死す者。有機物と無機物。
その堺とは一体どこにあるのだろう。
目の前のスープをすすれば、極北の森に生きたムースの身体は、
ゆっくりと僕の中にしみこんでいく。
その時、僕はムースになる。
そして、ムースは人になる。
金子みすゞ 「大漁」
朝やけ小やけだ 大漁だ 大ばいわしの 大漁だ
はまは祭りの ようだけど 海のなかでは 何万の
いわしのとむらい するだろう
金子みすゞ 「わたしと小鳥とすずと」
わたしが両手をひろげても、 お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、 地面をはやくは走れない。
わたしがからだをゆすっても、 きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように、 たくさんなうたは知らないよ。
すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。
金子光晴、鮫より
俺は、ハッと目をつぶって、奴らにぶつかっていった。
奴らは壁だ。何も受け付けない「世間」という要塞なのだ。
村上春樹、「エルサレム賞」受賞スピーチ抄訳より
高くて、固い壁があり、
それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、
私は常に卵側に立つ。
私たちは壊れやすい殻の中に入ったかけがえのない心を持った卵であり、
壁の名前は「システム」。
「システム」が卵を食い物にし、自己増殖することを許していけない。
「システム」が私たちをつくったのではなく、
私たちが「システム」をつくったのだから。
佐高信、「逆命利君」より
胃ガンのため56歳で早逝した住友商事常務鈴木朗夫氏の言葉と生き方
元来、既存の社会はそれを構成する多数者の文化の上に成り立っていますが、
少数者は其処に異文化を紹介し、そうすることによって既存社会に刺激を与え、
良き変化のきっかけを作ることを期待されます。
多数者と少数者が夫々の役割を心得、お互いに相乗的に機能する社会が、
進歩する社会であり、企業亦然りであると思います。
日本人から論理が失われたのは、皮肉なことに、
今こそ国際社会で論理を駆使しなければならない
大国に成長するまでの過程においてであった。
どんな言葉や論理よりも雄弁な「良質で安価な日本製品」に
すべてを語らせることに慣れてしまった。
国家と個人の名誉を犠牲にしてまで、
妥協してまとめなければならないビジネスがあるとは思わない。
名誉を犠牲にして石油を得るよりは、
暖房のない部屋でオーバーを着、ふるえながらでも耐えることを選ぶ。
それがビジネスマンとサラリーマンの相違であり、
プライドを持って生きる者とプライドを捨てた者の相違である。
日本人の第二の天性となってしまったモノカルチュアは
疑いもなく日本の復興と成長を支えたが、今後の成熟化の世界の中では、
それは国際国家、世界国家たらんとする日本国の足をひっぱることになると思う。
かつて勇猛のモノカルチュアで強兵政策を突き進んだ日本帝国が、
世界観と歴史館と地政学的なバランス感覚なきまま猪突猛進し、
崩壊した歴史を思い出す。
自由な精神を持った知性ある個人のとらわれない発言こそ
傾聴に値いするのであり、それらの総和を求める過程で誤差や偏差を修正し、
最後に健全なコンセンサスに到達するのが順序だと思う。
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