畜産システム研究会報 2008年第32号より転載
パラダイムシフト時代の乳肉生産システム
畜産システム研究所 所長 三谷克之輔
最近の穀物価格と原油価格の暴騰は、輸入資源に依存した我が国の加工輸出型産業を存亡の危機に追い詰めています。企業はこれまでの経営を維持しながら輸入資源依存からの脱却をめざした技術革新を急いでいます。輸入飼料に依存した畜産も同じ状況にあります。経営を維持しながら国内資源に依存した畜産にどうパラダイムシフトしていくかが、緊急の課題となりました。国内資源に依存した生産システムをデザインし、これをどう構築していくかを現場とともに考えることはシステム研究の重要な役割ですから、ここではまず国内資源に依存する近未来の乳肉生産について構想してみました。これをどう実現して行くべきか現場と考えていく一つの材料にしていただければと思います。
1.成長の限界とパラダイムシフト
ローマ・クラブが「成長の限界」で世界人口、工業化、環境汚染、食糧生産、および資源の使用の成長率がそのまま続くとすると、100年以内に地球上の成長は限界に達すると警鐘を鳴らしたのは1972年ですが、その後経済成長への欲望は止まることはなく、先進国を猛烈なスピードで追撃するブラジル、ロシア、インド、中国(BRICs)が高度経済成長をめざしています。今や地球の半数近くの人口を占める国々が有限な資源と市場の獲得競争を激化させていますので、穀物価格と原油価格は高値安定で推移するものと思われ、その一方で地球温暖化など環境破壊も深刻な段階に達しており、「成長の限界」は現実的な今の時代の問題となってきました。
ローマ・クラブの報告「ローマ・クラブの見解」の章では、「(1)世界環境の量的限界と行き過ぎた成長による悲劇的結末を認識することは、人間の行動、さらには現在の社会の全体的構造を根本的に変えるような新しい形の思考をはじめるために不可欠のものであることを確信する」とパラダイムシフトが要求されていることを明言しています。今、私たちはこれまでの近代化をめざしてきた思考の枠組みや社会全体の価値観を転換しなければ生きていけない時代を迎えているのです。
2.農業は太陽エネルギーから富を生む
土を肥沃にするために家畜を飼うのは有畜農業の原点ですが、近代化畜産では、「どうすれば儲かるか」と経済活動のための家畜管理ばかりに心が奪われてきました。しかし利益を追求しても、「一方の得は一方の損」(モンテーニュ)で富の偏在は生じますが全体の富の増加はありません。
「富とは金、銀、貨幣、財宝であり、国力の増大とはそれらの蓄積である」と言うと今の時代の経済認識のように思いますが、これは重商主義と言って15世紀のポルトガルとスペインに始まる大航海時代の植民地支配の考え方です。これに対して「富の唯一の源泉は農業である」と18世紀後半、フランスのケネーなどによって主張された重農主義は古い時代の考え方のように受け取られていますが、実は資源を考慮した普遍的な考え方なのです。重農主義(フィジオクラシー,physiocracy)はphyseos kratesis(自然の秩序による統治)という言葉に由来し、富は太陽エネルギーによる自然の贈与(純生産物)として大地から生まれるとしました。地球の埋蔵資源はいつかは使い尽しますが、植物は太陽エネルギーを光合成により蓄積することができます。植物から動物への食物連鎖をとおして生物が命をつないでいることは常識です。したがって富の唯一の源泉は農業であるはずですが、その後に生まれた経済学には資源が有限であるという考えはなく、労働力が富の源泉であると考えるようになりました。
18世紀の産業革命と市民社会の成立を背景に重商主義から資本主義へと時代は移行しますが、近代経済学(古典派経済学)の祖とされるアダム・スミス(1723〜1790)は、重農主義のケネーを高く評価しながらも、社会全体の万民が消費する財を分業で生み出す労働力が富の源泉であると考えました。また、経済活動は自由であるべきであり、経済活動を律するのは道徳としました。資源が無限とされた時代には富の源泉は労働力であり、自由な経済活動を律するのは道徳であったかもしれませんが、今では経済活動を律するのは資源の有限性であることが誰の目にも見えるようになってきたのです。
3.システムとしてものを捉える
なお、アダム・スミスはシステムという言葉に学説、主義、政策という意味を含ませ、重商主義をsystem of commerce、重農主義をsystem of agriculture としています。システムは部分ではなく多様な関係から成立する全体性を示す言葉ですが、アダム・スミスは「一つの学説(システム)は多様な現象を何等かの視角においてとらえたもの」とし、「その視角においてとらえたもの」に間違いはないか、「事実そのもの」は本来何であるかと、現実世界に立ち戻り歴史を含む社会全体の関係を大切に考える人でした。科学者(scientist)という言葉が造られたのは1840年代ですが、この時代でもイギリスでは知識を専門的・職業的に扱うことへの反発があったように、アダム・スミスは「国民の富の性質および原因についての研究(国富論)」で現実の問題に対峙した結果として、近代経済学という専門分野への扉を開けたのです。しかし一旦専門分野の扉が開けられると、「事実そのもの」からではなく学説からものを捉えるようになりがちですが、常にシステムとしてものを捉える考え方を失いたくないものです。とくに現場の問題は多様な関係を抱えていますから、どの視角からみているのか、視点を変えればどう見えるのかを常に忘れなで考える必要があります。ことに畜産システム研究会は現場の問題を現場の方々とともにシステムとして考える会ですから、それぞれの視角で捉えたものを他者の見え方を尊重しながら議論して欲しいと思います。
4.発想を転換すれば、未来が開かれる
問題を解決するには、問題の原因となっている考え方を変えなければなりません(アインシュタイン)。日本の国土は狭く、険しい山地が多く、資源のない国ですが、気候温暖で降水量も多い雑草大国でもあります。耕作放棄地では雑草が増え、さらにススキやササなどの背の高い草や灌木が増えていきます。灌木が増えると管理が困難になり、元の田畑に戻すのが大変になるだけでなく、獣害が増加しますので、草刈りや野焼きによってシバ型の短い草をつくっておく必要がありますが、牛はこの仕事をしてくれます。牛を飼う必要がなくなれば田畑に戻せば良く、牛が必要な時は牛の能力を多面的に引き出してやれば良いのです。牛はもともと農耕や堆肥のために飼われていました。牛肉のため、牛乳のために牛を飼うのは、牛の能力の一部の利用に視野を狭めてしまいます。また、乳牛も肉牛も繁殖や成長の生理は一緒です。生時体重によって成長は異なりますので、乳牛と和牛を分けて考えるのではなく、乳牛と和牛と交雑牛を一つの集団と考え、生時体重を測定して飼育計画を考える方が合理的です。国内資源を利用するには繁殖肥育で経産牛の肥育が重要になるでしょう。さらに牛を管理するために飼料が必要なのではなく、里山を管理するために牛が必要だと考えれば、牛の能力を多面的に活用できるようになります。牛がいる景観には人が集まります。牛は自然と人をつないでくれるだけでなく、人と人をつないでくれます。親子の体験の場で、親も子も遊びながら学ぶことができます。牛が生まれ育ち肉になるまでの過程を見てもらうことにより、食育教育だけでなく、生産と消費を直接結ぶこともできます。牛は里山管理を通じて田園都市に欠かせない存在になるでしょう。
5.牛の放牧が生産と消費を直接結ぶ
岡村牧場は富士山麓の朝霧高原で、乳牛資源と肉牛資源に草資源を組み合わせて、安全・安心で美味しくて値ごろ感のある牛肉生産をめざしている牛のハイブリッド生産のトップランナーです。ハイブリッドとは雑種や組み合わせのことで、メンデルは雑種同士の交配によって得られた個体群をハイブリッドの第一代目( Die erste Generation der Hybriden )と呼びましたが、近代遺伝学ではハイブリッドに関する表記に親の世代(P世代,parental generation)および子の世代(F世代,filial generation)の術語が導入され、雑種第一代を子の1代目(F1, the first filial generation)と呼ぶように用語の整理がなされています。すなわち、メンデルのハイブリッドは現在ではF1、ハイブリッドの第一代目(F1同士の交配)はF2ですが、F1に戻し交配して生まれたものはF1クロスと呼んでいます。現在、わが国でF1雌牛を放牧して繁殖に利用しているのは私の知る限り岡村牧場だけであるという意味で、岡村牧場をトップランナーと紹介させていただきます。
ハイブリッドはメンデルが遺伝の研究に使用したのが始めですが、今ではハイブリッド車で知られるようになりました。ハイブリッド車はエンジンで発電し、モーターで走行するエンジンとモーターの組み合わせですが、岡村牧場の牛のハイブリッド生産は乳牛と和牛を組み合わせます。乳牛は発育が優れていますので、和牛の種雄牛を選択して交配すれば発育と肉質の優れたF1を生産できます。F1雌牛は繁殖能力が優れて、子牛が飲むには十分すぎる乳も出ますので、これを放牧して元気な子牛を生産することもできます。岡村牧場ではこのハイブリッド雌牛の能力を生かしながら里山の草資源を活用し、しかも里山の景観を守る美しい牧場づくりに取り組んでいます。
経産牛は履歴が様々で普通は償却と見なされますが、月齢と飼育条件によっては牛肉としての評価の高いものも生産できます。放牧すれば牛は牛らしく、人も牛から解放されて人らしく生きることができると山地酪農人生を楽しんで来られた高知の斉藤陽一さんの乳牛を10産以上しても買ってくれる消費者グループがいます。岡村牧場もF1雌牛を放牧することで直接消費者グループとつながる動きがでてきました。生産者と消費者がお互いに学びながら、消費者の求めるものをつくっていくことで、放牧繁殖が経営的にも安定し生産者の努力が報われます。また、市場では適正な評価が得られていないF1クロスを含めたハイブリッド生産の道も開かれるでしょう。
6.里山を管理するために牛を飼う
山口県防府市久兼の「ふるさと牧場」は、30haの山林と1.5haの棚田と10頭の和牛を飼育している日本の農林業の縮図のような家族経営ですが、林業と稲作と和牛繁殖がうまく組み合わされ、人が集まる活気のある牧場となっています。
農家の後継ぎとして故郷に帰農した山本喜行さんは、林業の下草刈りのために牛を導入しました。林業は30年から50年先、場合によっては100年先のために今の仕事をしますので、山本さんは将来を考えると飼育する牛の数は10頭がバランスよく、儲かるからといって牛は増やさないと言われます。そして、自分の古里が都市住民の「ふるさと」にもなるようにとの願いから、「ふるさと牧場」と命名されました。混牧林放牧を始めて10年目には大学や県の関係者を中心に「こぶしの里牧場交遊会」が設立され、ふるさと牧場の活動(教育、研修、交流等)の支援、里山文化の体験と継承、林内放牧の普及などの活動をしています。
体験実習には棚田での稲刈り・はぜ掛け、ノシバの植え付け、間伐・枝打ち体験等メニューが豊富で、小・中・高校生の現場体験学習から大人も楽しめるイベントなど月2〜3回は集まる場をつくっています。集まり宿泊できる場として茅葺き交流ハウスがほぼ完成し、この夏は親子の里山体験合宿が開催されました。さらに春は山桜やこぶしの花見、ワラビ刈り、タケノコ掘り、田植え、夏のキャンプ、ソーメン流し、秋には稲刈り、キノコ狩り、冬には炭焼き等「ふるさと牧場」には1年を通じて、都市と農村を結ぶ可能性がたくさんあります。また、美味しい棚田米を作り始めた会員も増え、畑地や水田に合わせて牛を増やしていく予定で、開拓していない20haの山にも牛を放す計画があります。このように支援組織が出来たことで、「今までこつこつと一人でやってきて不可能であった事が可能となり、何と素晴らしいシステムになる」と山本さんも夢を膨らませています。
7.里山管理への新規参入の支援
混牧林の管理には、林業、稲作、畜産、機械の操作・修理、土木、石工、建築、植物などあらゆる分野の知識が必要になります。山本さんに弟子入りして全てを習得したいと、大学卒業後に弟子入りした青年もいます。荒廃していく山林や耕作放棄地を牛の放牧に利用できるようになれば、里山の放牧畜産を希望する若い人に新規参入の道を開き、里山と農村を生き生きと再生できます。そのためには、「売らない、貸さない」と里山の所有権と利用権を手放さない国や地域の農家に対して、「牛の放牧で里山の管理ができ、地域が活性化していく」ことを粘り強く説得して理解を得る必要があります。土地は皆のものですから皆で大切に管理できるようにしていく必要があります。
里山の放牧畜産に新規参入を希望する若者の芽をつまないために、ふるさと牧場の山本さんは、積極的に研修生を受け入れ、同時に彼らが牧場を行き来する際にバス利用を奨めて少しでもバス路線の維持に努めたり、地域農家とも交流できるようにするなど、ふるさと牧場に人が集まることが地域にも貢献できるように配慮されています。
農家と消費者の接点は牛乳や牛肉だけではありません。牛の放牧でつくり出される里山の景観の美しさを知ることは、人々が農業を理解する第一歩です。放牧で維持されている里山を楽しみながら、牛が成長し子牛を産む一方で、里山がシバ草地で覆われていく過程を見ていくことによって、自然と牛と人のつながりが実感できるでしょう。消費者は、里山の放牧畜産を希望する若者を支援し、また、放牧で育った健康な繁殖牛がその役割を終えた時には、その牛を「ご苦労さん」と弔う気持ちで購入し、食べていただきたいと思います。このような相互の関係性を深めていくことで共感が生まれ、疲弊している農業は活気を取り戻し、農村の人々も支援をする人々も共に元気になれるはずです。
今私は、こうした考え方に共感される人々、実践されている牧場関係の方々と共に、地域の人と人、農村と都市の人と人を牛で結ぶネットワークつくりを模索しています。
8.パラダイムシフトへの課題
一人ひとりの考え方は多様です。しかし、多様なように見えても、その時代の「ものの見方の大枠」に囚われていることが多いことも事実です。パラダイムシフトとはその時代の「ものの見方の大枠」が変わることで、システム研究の醍醐味はそのような「ものの見方」に挑戦することにあります。一つの例として「生産費」という「ものの見方」を考えてみましょう。経営の改善のためには生産コストの低減が重要であるとされていますが、「生産費」は専業経営を前提とした一つのモデルにすぎません。肉用牛生産では子牛生産費が算出されますが、酪農の牛乳生産費では子牛は副産物として計算されるように、生産費を考えることは牛の飼育目的が牛肉や牛乳の生産にあるという「ものの見方の大枠」を与えていることに注意を払う必要があります。牛の成長モデルと泌乳モデルを組み合わせれば、乳牛も肉牛も同じ数学モデルで基本的には説明できますが、何を主たる生産物であると考えるかという「ものの見方」は残ります。ふるさと牧場の山本さんの場合は、林業の下草刈りが牛を飼う主たる目的であり和牛繁殖においても子牛は副産物です。この場合でも子牛生産費は算出できますが、それは規模拡大が必要だという初めに答えありきの専業に対する根拠を与えるにすぎません。また、科学は数量化できないものを見えなくもします。放牧は資源の活用、環境の維持管理および景観創出などの重要な役割を担うことができますが、そのためには牛の放牧適性や温和な性質が重要になります。ヘレフォードの放牧風景から景観動物としての魅力を感じるように、牛の価値は「ものの見方」によって変わります。これからの乳肉生産では資源管理と景観創造型の放牧繁殖が柱となり、肥育は副産物の活用に必要という「ものの見方」も大切でしょう。また農業の複合経営は個人経営だけでなく、生産、環境創出、教育、交流、消費等を含めた複合システムを構築していく必要があります。これらの事業は法人、農協や企業の仕事だけでなく政治の仕事でもあり、生産コストの低減を目標にした「ものの見方の大枠」を変えれば、畜産の未来に明るい展望が開かれるでしょう。
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