エコロジー的なものの見方が農業と地域を救う
三谷克之輔
アマゾン先住民のメイナク族には自然という言葉も幸福という言葉もありません。
自然と一つになって生き、みんなが一つになって生きているから世界を自然と人工、
幸福と不幸に切り裂く必要がないからです。国が違い時代が変わろうとも、
私たちが自然とつながり人とつながって生きていることは永久に変わらず、
農業は自然と人、人と人をつなぐ大切な仕事です。
しかし、農業のあり方や活力は農業に対する見方や、
その時代や国をリードしている政治や経済の力によって大きく影響されます。
政治を動かしている人の考え方によって自然と人、人と人をどうつなぐかは変わりますし、
経済を動かしている貨幣に実体はなく貨幣を使う人の心が実体をつくりだします。
分業化が進んだ社会では貨幣が社会の隅々まで循環し続けることにより希望と安心を与えますが、
一部に留まると貧富と力の差が生まれ、その富と力によってさらに貨幣の循環が偏在してしまいます。
また、科学が人類の希望を実現して幸福をもたらすという神話が自然と人、人と人の関係を切り裂いています。
科学技術による近代化は部分を満足させますが全体に矛盾と対立を生むからです。
私たちは自然や人との多様なつながりのなかで、多様に生き生かされているというエコロジー的なものの見方で、
この世界を今一度見つめ直す必要がありましょう。
1.農業は自然と対話する仕事
人間の都合で牛を自由自在に管理することが研究者の仕事だと思い込み、
いかにアメリカに支配されない畜産技術を開発するかを考えていた私にとって、
北海道旭川市の斎藤晶さんの美しい牧場と出会い、
牛の放牧とは牛の生きる力を引き出して資源を循環的に活用することだと気づかされたことは、
ものの見方のコペルニクス的転換でした。
斎藤さんは「開拓とは条件が悪くて開墾されていない土地を血のにじむような努力で作物が育つ農地にすること」だと思い込み、
苦労に苦労を重ねましたが農業で食べていけるようになりません。
それでも自分にはここしか生きる場所はない、どうしたらここで生きられるかと追い詰められていたある日、
同じ山で野鳥や昆虫がのびのび生きていることに気づきました。
「環境が厳しいのではない、自然を自分の考えで征服しようとした農業や開拓に対する自分の固定観念が環境を厳しいと思わせていた」
と気づいて、自然と対話しながら野鳥や昆虫のようにこの山で生きてみようと牛の放牧を始めました。
そうすると、なにもないと思っていた石ころだらけの山が美しい宝の山に変わったそうです。
牛は草さえあれば自分で生き、草は光さえあれば増えていきます。
守るべき木は残し、早春に放牧して若草を選り好みしないで食べさせ、
牛が食べないで増える草は刈ってやることで芝草の美しい草地になります。
これまでの農林業に牛の放牧を組み合わせて自然と対話する場が広がれば
農業に対する社会の見方も変わっていくのではないでしょうか。
2.農政にもコペルニクス的転換を
1954年に日本は朝鮮戦争特需の継続として経済援助を得たいため、アメリカからMSA援助を受ける協定を結びました。
MSA援助は余剰農産物の輸出振興と軍事援助を一体に進めたアメリカの世界戦略で、
その後日本の農政は食糧自給から農家戸数を減少させる選択的規模拡大へと大きく転換し、
新しく生まれた畜産は大規模経営による輸入飼料に依存した加工型畜産への道を邁進することになります。
「農業界の憲法」と言われた農業基本法(1961年)は、わが国の「農業の向かうべき新たな道を明らかに示す」とし、
農業生産の選択的拡大、農業経営の規模の拡大、農業経営の近代化など「農業構造の改善」を図るとしました。
新しく施行された食料農業農村基本法(1999年)もこの「農業構造の改善」の考え方を見直していません。
しかし、農業は地域の資源を多様に組み合わせるものであり、どのような農業をめざすかは農家の自由です。
また、農業は生活と一体であり農家間の協力が地域をつないできましたので、
「農業構造の改善」を農政で推進することは農業や農村の破壊につながり憲法違反だと言えます。
憲法は国民の進むべき道を示すものではなく、「憲法に示された基本的人権や生存権や平和を守るように、
国民が国の権力の行使を拘束・制限するためにある」という基本認識から農政を見直す必要があるでしょう。
3.牛の放牧と自給のための農業で地域の自立をめざす
里山の景観は農林業と農家の暮らしによってつくり守られてきましたが、
最近は山間部だけでなく地方都市の周辺でも里山や耕作放棄地が荒廃し、イノシシやサルなどの獣害が増加しています。
農家は高齢化し農業を継ぐ後継者もいないので、将来の耕作放棄地や里山の荒廃をどう防ぐかが問題になっています。
そこで牛を放牧して里山を管理させて獣害対策と公園化をめざし、
これを自給のための農業と組み合わせようという動きが出ています。
自給のための農業とは「自分が食べて健康に良いものを自分でつくる」ことで、
余ったら食べてもらい評判が良ければ売る、小規模であれば生産から消費までの循環を地域で完結できます。しかし、牛乳や牛肉などは加工や流通システムが必要になり、一般には生産が加工や市場に従属せざるを得ない状況にあり、そのことが生産のあり方を歪めています。この生産と消費をつなぐことができれば、牛の放牧で里山を管理しながら地域資源を活用し、しかも消費者に喜んでいただける生産を普及していくことができます。例えば、ある消費者グループが放牧牛肉の生産を生産者と協力して始め、「本当においしい、こんな牛肉を食べたかった」と大好評です。これは富士山岡村牧場が消費者グループの希望を取り入れ、乳牛と和牛の交雑雌牛を放牧して牛肉の味が出る2〜3産後に短期肥育する安全で美味しい牛肉で、購入飼料が少なく脂肪も少なく、交雑雌牛は酪農の副産物で安く入手できますので、値ごろ感のある牛肉を提供できます。放牧経産牛の短期肥育は現在の市場では買いたたかれて採算がとれませんが、消費者の支援の輪が広まればこの方法で里山放牧を普及できると期待しています。
里山放牧で獣害対策と公園化が実現すれば、米、野菜、果樹の栽培を維持することが可能になり、小規模ですから直売もできるでしょう。また、公園は憩いや遊び、交流や
教育の場となり、これらの事業を地域の人々が主体的に取り組むことで地域の自立を促すこともできます。里山放牧は牧柵設置と放牧牛の導入の初期投資をすれば、牛が里山を管理しながら子牛を生み、導入経費は放牧牛肉の販売で回収できますので、少ない経費で持続可能です。酪農や肉牛生産のように規模の大きい専業経営が常識となってしまい、牛が必要な所には牛を飼う人がいなくなってしまいました。しかし、牛の放牧は牛が生きていくのを手助けすれば良いので飼うのは楽です。ただし、牛が脱柵したり野生化しないように牛と人との関係を築いていくことが大切で、牛を使って里山を公園化するなど、これまでの牛飼いとは違った楽しみがあります。
地域で協力して里山管理のために牛を放牧できるようになれば、多少の収入も期待でき地域のつながりの潤滑油にもなるでしょう。
「希望」という青い鳥は遠い「坂の上の雲」にいるのではなく身近にいます。地方の時代とか地方分権とは、単に政治や行政を国から地方に委譲することではなく、地域の人々が自立して自分たちで暮らしたい町をつくっていくことです。
希望はあきらめない限り希望であり続けますので、
我々の世代で実現できなくても次の世代に引き継いで地域を宝の山にするために、
地域の方々が一緒になって暮らしたい町づくりをめざしていきたいものです。
本拙文は季刊 無教会 第21号(2010年5月20日)に掲載されたものです。ただし、3節はここでは文字数の制限がないので加筆修正しました。
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