民の公的牧場をめざして、それは混牧林経営で

ふるさと牧場 山本喜行(山口県防府市)


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はじめに

  以前、「21世紀に向けた農業革命」と題して、私の「ふるさと牧場」を紹介させていただきました(畜産会経営情報1998.5.15NO.102)。現在は、以前にも増して国際化の波が押し寄せ、農村は今や崩壊するのではないかと心配されます。そこで、今一度過去を振り返り、先人達がやってきた農林畜複合経営を思い起こす必要があるのではないでしょうか。これから先の農村を救う、いや、日本の国土を守る方法として、「混牧林放牧」は重要なキーワードではないでしょうか。
  私は混牧林放牧をはじめて10年になりますが、これほど優れたシステムは無く、また、経営学的に見ても「安定拡大成長」が続けられる分野は他に無いと自信を持って言えると思います。そのすばらしさを以下項目毎に触れてみたいと思います。

1.中山間地域は条件不利地ではなく、条件有利地である

  自然を味方に付け、決して逆らわない心を野に置いた時、そこには沢山の資源があることに気づくはずです。「草 木 土 水 動物」などに対し、売っていくら、儲けていくらの気持ちが強すぎ、自らの糸を縺(もつ)らしているのです。
  今や「農民なき農村」であると言っても過言ではないと思います。
  先人達は、牛で田を鋤きながら、あぜ草・石垣の草を牛に与え、刈り端の草としば木を牛の糞尿と混ぜ合わせ"たい肥"を作り、田に返し"土づくり"をして、おいしいお米を作っていました。冬には、山に入り植林や山の手入れをする傍ら、薪炭を作り燃料とし、また、椎茸、ワサビを生産し、無限に繰り返し続けられる生産システムを作りあげてきました。このことにより、我が国の里山の素晴らしい景観が作られてきたと思います。この生産システムを、牛を中心にして再び復活させる必要があるのではないでしようか。
  棚田は、きれいな谷水が入り、昼夜の温度差も激しいため、おいしいお米ができるとともに、牛の食料源にもなります。また、山林の植林地の下草刈りを牛に任せることにより、牛達が林業施業を助けてくれ、里山景観を守ってくれます。
  今や人が自然と共に生き、「エコシステム」を取り入れることができる場所は、中山間地しかないのです。

2.小手先の農業ではなく、少なくても30年先を見た戦略を考えるべきである。
  ― 列状(等高線)間伐とシバ草地の組み合わせ −

  私も、混牧林放牧を始めて10年、ようやくそれらしき景観ができつつあります。10haの放牧林地も、ヒノキの食害のひどい場所、程々の場所、牛が入らない所、牛道を付け裸地にしていく所など、牛が土地利用を企画してくれているようです。
  これからの10年は、食害のひどいところはシバ草地化し、裸地化した所にも随時ノシバを移植して行こうと思います。
  間伐の必要になった林は、日光と風向きに注意し、列状(等高線)間伐を行い、間伐跡地はシバ草地化して行こうと思います。
  "ふるさと牧場"の中腹のログハウス(牛舎)には、「山成り有畜林業」「牛が守る自然環境」の二つのメッセージを掲げています。
  山は山成に、中下層部分はヒノキとノシバの組み合わせ、上層部分は、雑木林の二次林と極相の天然林、さらにシバ草地と区分し、湧き水の池を利用して日本庭園化する。(この地域を父は、"流田"と言っていたので、通称"流田公園"と呼びたいと思う)
  このような中で、80年以上の大径木に育て高付加価値の材の生産を目指し、枝打ち・間伐を行うために最も重要な10年となります。
  さらに次の10年で、シバの管理と山林の管理を続けてこそ、混牧林経営が達成できるものと思います。

3.牛力利用で公園化。市民に絶賛される景観の創出。

  混牧林の今ひとつのテーマは、レクリエーション的空間ゾーンの創出です。そのためには、「こぶし」「山ツツジ」「つばき」「つるあじさい」等の花の咲く木を鑑賞木として大切に管理する事です。ヒノキとの混生が無理な所は、全山「花畑」ならぬ「花山」にしている所もあります。幸いにもこれらの花が咲く木は、アクが強く牛達は食べないようです。
  最近になって、「つるあじさい」が6.月頃からあちこちのスギの木に登り花を咲かせるようになりました。以前は、「つるあじさい」のツルがスギの木を締め付けて木を枯らすと言うことで「つる切り」という大事な作業として、父は切っていたからです。(実際にはこのツルは木に巻き付かないで登るので、木を枯らすことは無い。)
  この花を見せよう!! .逆転の発想とはこのことかもしれない。 また、このツルは「つづらかづら」として、色々なかご細工の材料に最高で、後で述べる"ふるさと牧場を支援する会"の会員にかご細工の名人もおられ、各種のイベント材料として利用できると思います。
  混牧林を整備する中で、一つ残念に思うことがあります。「山ぽうし」といって白い菱形の大きな4枚の花弁で咲く木がありますが、この木を知らなかった故に、一部を残して切ってしまったのです。今は、牛が残した下草を整理刈りする時に、切らないように注意しています。この木が花を咲かせるのは10年から20年先かもしれません。
  山頂に通じる林道は、排水をきちんとし、シバを植えて歩きやすいようにし、トレッキングコースとして整備をしています。春は、市民参加のバーベキュー等により、行政主導のテーマパークとは一味違った「牛が管理する公園」として市民に開放しています。
  このような手作りの公園が点的にでも普及されることは、人々に安らぎを与えると共に、真に農村を理解してもらうことにつながる一番の近道ではないでしょうか。

4.多面的機能が発揮されるべきである

4-1) 生産の場

  私はキャリアバインダー(乗用稲刈バインダー)を駆使し、すべての稲をはぜに掛け「はぜ掛け米」としておいしいお米の商品開発もしています。
  米作りに当たって、化学肥料の多給や多収穫のマニュアルは本当に妥当なのか? あえて畦をコンクリートに替えたり、畦を削って畦塗りをする、こんな無駄な労力が必要なのか? 疑問で仕方がないのです。
  自然との共生を考えた時、畦に空いたモグラの穴もうまく利用し、水漏れの穴は足でつぶす、そして、水を張り次に漏れだした穴をつぶして行く。水が有ったり無かったりで稲は自分の持っている本能を発揮し、根は地下を目指し微量要素を吸って健康な稲になり味も増すのです。そして、そこからとれる稲わらは、すべて牛達に与えるのです。

4-2) 実地研究の場

  今年の2月に、(社)日本草地畜産協会から「低投入型肉用牛展示牧場」として指定を頂き、案内看板の設置や牧場のパンフレットを作成しましたが、情報交換の場・研修の場として県内外から多くの畜産関係者が視察に来られています。
  山ロ大学農学部の小澤教授の研究グループにより牛の動向調査、林地内の下草刈りに対する牛の貢献度調査、放牧地として利用した水田での稲の作付け調査、ノシバ草地の育成及び土砂の流出防止調査等が行われています。
  また、ふるさと牧場独自に「植林にあたって苗の成長点を牛に食べさせないための大苗での移植生育調査」「受精卵移植を応用したF1牛の放牧試験」などを行っています。

4-3) 教育研修の場(ワークショップ)

  今、我が国では教育改革が行われ、小・中・高校生の現場体験学習が積極的に行われ始めています。ふるさと牧場でも数々の体験学習を受け入れてきました。
  今年は、国立徳地少年自然の家を中心とした小学生の「人と動物の関わり」、山口大学や県立農業高等学校によるノシバの植え付け、山口大学農学部によるフィールドワーク(間伐・枝打ち体験)、東京農業大学の学生によるショートホームステイ(土地利用から見た混牧林)等を行いました。
  最近、山口大学農学部の高橋助教授の誘いもあって、中国四国環境教育ミーティングの実行委員として参加させて頂いています。平成13年に山口県が引き受けで国立徳地少年自然の家を中心に大会が行われる予定です。その一分科会に「牛が守る自然環境」という事で提案してみたいと思います。また、来年は秋吉台で「草原サミット」も開催される事となっており是非参加していきたいと思います。

4-4) レクレーションの場

  春の山桜、こぶしの花、ワラビ刈り、タケノコ掘り、田植え、夏のキャンプ、バーベキュー、鮎・ヤマメの会、ソーメン流し、秋には稲刈り、キノコ狩り、冬には炭焼き、いろり端等里山には一年を通じて、都市と農村を結ぶ可能性がたくさんあります。
  都市と農村の交流の場として大きな役割を果たしていると思います。
  また、ふるさと牧場には一般市民の見学、特に最近ではよちよち歩きの子供さんを連れた親子が「子牛を見せてください」と訪れ、動物との触れあい(アニマルセラピー)を求める人が多くなったように思います。このような、都会にはない動物とのふれあいも大切な側面として見逃せません。
  今後とも、多様な市民の要求に応えられるよう、グリーンツーリズムを柱に森林インストラクターなどの専門的知識も身に付けていく必要があると思います。

5.混牧林経営を且指す人材育成

  最近、ある青年が早朝私の家の玄関をたたいたのです。
  「ここの牧場の記事を見て感動してやってきました。牧場を見せてください。」と言うのです。その青年は、帯広の畜産大学を卒業し「北海道あたりの大規模な畜産ではなく違った型の農業がやりたい。牛で田んぼを鋤いてみたい。」と言い、まさしく自然派だなと思いました。
  事情を聞いた所、今、島根県の弥栄村の有機野菜農家に研修に来ており、島根県の短期研修制度により県から月5万円をもらっています。2日間休みをもらい自転車で来ました。」ということでした。
  それで、「今から牛を飼って、林内放牧地や林地・シバ草地を案内するから」ということで牛を飼い始めたところ、それまで牛舎の外にバラバラにいた牛達が順序よく次から次へと自分の場所に入って来る姿を見て、大変驚いた様子でした。
  私の体験談や放牧方式、生態系のこと、人生論まで論議し、気がつけぱ陽は西に傾き午後4時になっていました。
  青年「ここの牧場で来年1月頃から2ヶ月ほど研修させて下さい。」
  私 「冬場はシバ草地の造成のための木の伐採をやり、春になったらボランティアの人たちとノシバの植え付けをするんだよ。」
  青年「是非、その仕事をやらせて下さい。」
  私 「でも、山ロ県には短期研修に対する助成制度は無いと思うよ。寝る所と食べることは心配いらないよ。」
  青年「それだけで充分です。」
  大変真剣でやる気のある青年だなと思い、一応引き受けるようにはしてあります。
  今は、高校生、大学生は就職難のようですが、農業を志している有能な人材は多いと思います。しかし、土地の問題、技術、資金など越さなければならないハードルは沢山有ります。だからといって手をゆるめる訳にはいきません。
  これから混牧林を目指す若者を育成しなければなりません。
  混牧林は、林業、稲作、畜産、機械の操作・修理、土木、石工、建築、植物などあらゆる分野の知識が必要になります。すべてがこなせるスーパーマンでなければできないのです。まさしく【能業】なのです。
  実際に自然の厳しさに触れさせ、肌で感じさせることがいかに重要であるか。
  できることなら、皆様の応援をいただき、混牧林を目指す若者を対象に年間2名程度、自主性にまかせた体験研修をさせてあげたいと思うようになりました。

6.NGO(こぷしの里牧場交遊会)による「ふるさご牧場jに対ずる支授

  これまで、バーベキューをしながらの"こぶしの花見会"を毎年4月に行っていました。これでは、その場限りで継続性が無いので、交流会のような会を発足させてはどうかという声が挙がるようになりました。
  今年(2000年)の8月に、山口大学の小澤教授に会長(現在は高橋肇教授)を、山口農林事務所の平田さん(現在は清水誠さん)に事務局をお願いし、県立農業高校の先生、国立徳地少年自然の家の先生、有機野菜の栽培に取り組む人、地元の久兼地区の人、放牧に興味を持つ県の指導機関の人等の熱意で『こぶしの里牧場交遊会』が発足しました。自然の中で肩書きに関係なく個人として触れあい、ふるさと牧場の活動(教育・研修・交流等)の支援、里山文化の体験・継承、林内放牧の普及などの活動をすることとしています。10月には棚田での稲刈り・はぜ掛けの体験を行い、12月には将来建設を計画している「茅葺きの交遊ハウス」のために、山の茅を集めることとしています。
  今後の活動には、市民の参加を得て里山体験等のイベントの開催も計画しています。椎茸栽培、炭焼き、パン作り、イモ作り体験など、やりたいことをあげれば切りがありません。
  こうした支援を頂く中で、今年度から始まった中山間地域直接支払い事業も"市民との交流"ということで集落協定を結び、地域に貢献できることとなりました。
  広大な面積のノシバの移植、これから始まる枝打ちや間伐作業等に対し、NGOやワークショップという型で支援していただけるなら、今までこつこつと一人でやってきて不可能であった事が可能となり、何と素晴らしいシステムになることと思います。
  今から山地畜産を始める人たちにも支援し、少しでも早くあちこちの山に牛が放牧されるよう努力したいと思います。

おわりに

  牛達が毎目決まった時刻に、どこからともなく三々五々牛舎に帰っていく姿を見ていると、涙が止まらなくなることがあります。親たちの時代には、奥山に10ヘクタールほどの山田があって(今は、杉山と化しています。)、牛で田を鋤き終えた村人達が三々五々牛を連れて家路についていましたが、その姿と牛達が帰る姿がオーバーラップします。今は牛だけがそれを続けているのです。この素晴らしいシステムが土地をネックに普及しないのが悔しいのか、村人達が懐かしいのか私にはよく解りません。
  地主は荒れ果てた山林や耕作放棄地を所有し続け、利用権まで独占し「売らない」「貸さない」という「ないない運動」を続けるなら、やがて全てを亡くすことに気づくはずです。そのときまで、やる気のある若者の芽をつみ取るのが忍び無いのです。
  「若者よ!! もう少し待っていて下さい!!」
  そして、皆様に誇れる「ふるさと牧場」として、また将来、古老が旅したとき、レールスターの車窓の景色が、グリーンの中で牛達が草をはむ牧場の風景にリセットされることを夢見て努力したいと思っています。



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